『続々 足利の伝説』(台 一雄著、岩下書店 1978年発行)では次のように記されています。
- 江戸時代から歯の神さまとして信仰を集めていた
- (歯の)痛みが取れるとお礼に歯ブラシを奉納する風習があった
- 白山から「はくさん」で「歯苦散」の語呂合わせから信仰が始まったという
- 古くは「百済(くだら)神社」と言った
- が、”ひゃくさい”神社で通るようになっていた
- 江戸時代に全国の神社調査が行われた。そのときに村役人が”ひゃくさい神社”と呼ばれているのは知っていたが、確認をしないでそれらしい当て字で「白山神社」と書いて報告したため、それ以降白山神社として認識されてしまった
- 旧村役場の記録にもこのことが残っている
とのことで、一見すると『栃木県神社誌 神乃森 人の道』の由緒とは不一致のように見受けられますが、はてさて真相は如何に……。